歴史暦:古今東西、今日の出來事

世界が心配、日本が心配、世界のなかの日本が心配

2006/1122 祟道天皇御陵へ (1) 護國神社 『やまとまほろば』寧樂篇

2006/1122 祟道天皇御陵へ (1) 護國神社 『やまとまほろば』寧樂篇


この一ヶ月あまり、歩きに歩き囘った平城京の現場體驗から、この土地の霊力とでもいったものを私は意識するほどに感じだしてゐた。

血と汗と泪のしみる平城京、かそけき影に氣配そひくる


一千三百年前、飛鳥の藤原京につづき、本格的な規模の日本の首都となり、以來(それ以前からも)流されつづけてきた大量なる「血と汗と泪」が滲みこみ、それらが凝り固まるやうにしてこの土地の霊力ができあがっていった。
死靈の蠢いてゐる、死者の都」、これが『阿修羅の時代』に取りかかってゐる私の「平城京」となった。
生者よりも死者の都の趣であった。この廢都の住民はそのことを肌身で感じ、「畏怖と慰撫」パトスのうちに「怨靈を御靈にする」ための信仰を熱心に抱いてきた。
おそらく、大和國一番の「祝祭」となり、日本藝能の發祥となった春日神社若宮の「おん祭」もかうしたトポスのうちに成立し、そして盛大に維持されてきたのだ。本社ではなく若宮のはう、つまり、荒魂の若神への「畏怖と慰撫」のパトス、パッションが働いて、神々となった荒魂を和魂へと變へるべく人々は一心となって、かうした精神の風土から日本の藝能の大半が作りだされていったのであった。
荒魂を和魂へと變質させてしまふことはできない。放っておけば荒魂に戻ってしまふ。恨み辛みを抱いて死んでいった「血と汗と泪」はこの大地にどこまでも染みこんでゐるのだ、慰めがたく。それを慰めつづけなければならないのだ。

諸國一見の旅の僧」と、私はなる。後は、觀阿彌世阿彌の「複式夢幻能」の形式にしたがって、この平城京の死靈たちを出幻させればいい。
そのためには、もっともっと平城京へと深く入りこんで行き、地靈たちに取り憑かれていかなければなるまい。

第二ラウンドといった氣分で、私は今度は南方へ、前回は見付けられなかった祟道天皇御陵をめざして室を出た。
地圖を頭に入れメモも作り、前回の經路が表側からだとすると、今度は裏側から、「山邊の道」から辿ってみることにした。
それは、まさしく次々と(まるで待ち構へられてゐたかのやうに)死靈、地靈との遭遇といった感じの「旅」となった。

 

東大寺街道を南下、護國神社へと先づは立ち寄る。
護國神社は言ふまでもなく、先の敗戰で犠牲となった兵士たちの「英靈」を鎭魂するための神社である。

明治時代に設立された招魂社が、戦争前夜の昭和十四年、全国一斉に護國神社と改稱された。敗戰後、同じ戰爭犠牲者を祭祀する靖國神社とは連繋しながらも「本社分社の關係にはない」ものとされてゐる。ちなみに、靖國神社の元は「東京招魂社」であった。財政的運營は主として戰歿者の遺族會や戰友會によって支へられてきたが、時代の経過とともにその基盤は脆弱となってゐる。すでに「閉社」となった所もある。

奈良縣護國神社は、昭和十四年の護國神社への改稱があった時に、護國神社建設奉賛会が組織され、昭和十七年に鎮座したとある。敗戰後のアメリカ進駐時代は、高圓山の麓にあるゆゑか「高圓神社」となってゐた。

 

山麓の高臺(昔は城があったらしい)に作られ、いづれは椿神社と綽名されるかなと思はれるほどに各種の椿が(寄進でもあるのか)植ゑられた森に取り卷かれ、また、宮司の趣味かも知れないが『萬葉集』などの古歌を記した歌標が随所にあり、私などの散策にはもってこいの場所のやうであった。

 

 しかし、まだ私は深く意識はしてゐない。
私は防人となり犠牲となった英靈のことより、最後の際となった黄葉紅葉を惜しむやうに見上げて、護國の杜を彷徨した。

 

 

今年の黄葉紅葉の最後の光景であった。赤も黄色も死の影を帶びて(或種どすぐろく)、燃えつきゆく姿に華やいでゐた。
空を染める紅を見上げてゐる私には、源實朝119219の歌が呟かれてゐた。

 

紅の血汐のまふり山の端に日の入る時の空にぞありける


豫感にみちて、不吉な感じのする歌だ。夕刻、縁側にでも立った將軍實朝が、落日に見入ってゐるうちに茫然と呟かれたやうな感じの、それゆゑに豫感めいたものが強く立ち現れてくる、絶唱であった。
この歌が「血と汗と泪」といふ、平城京に私があたへた標語に重なっていった。


さうして、今年の秋を見終はった氣分で、護國神社を後にした。


道を山の方へと登り、鹿野苑町の所の四つ辻から「山邊の道」に随って、見え隠れする右手に廣がる「やまとまほろば」を眺めつゝ南下していった。

 


秋の野に、のびゆく影にみちびかれ、我、たどりゆく、黄泉路のごとく

 

 

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